大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和39年(行ツ)97号 判決 1968年11月07日

上告人

高橋議平

ほか三名

代理人

各務勇

被上告人

玉川全円耕地整理組合

右代表者清算人

毛利博一

被上告人

鈴木芳夫

代理人

大高三千助

露木滋

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人各務勇の上告理由第一点および第二点について。

論旨は、原審が玉川地区農業委員会による本件各農地の買収計画および売渡計画の取消を有効と認めたことが行政処分取消の法理に違背し、農業委員会に関する法律四九条の適用を誤つたものである、という。

原判決の確定した事実によれば、本件各農地については、玉川地区農業委員会(但し、当時は玉川地区農地委員会)が、昭和二三年三月これを不在地主たる訴外戸浪春雄の所有する小作地であると認定して自作農創設特別措置法の規定に基づき買収計画、売渡計画を樹立し、都知事が、同月二五日付令書によつてこれを買収し、次いで、上告人らに売り渡した、ところが、その後、訴外森住平吉より買収計画に対する異議の申出があり、同委員会は、調査の結果、本件各農地は、耕地整理施行中に、被上告人組合より右訴外戸浪春雄の亡父政治郎に譲渡され、さらに、同春雄よりその小作人であつた右訴外森住に売却され、同訴外人において在村地主の自作地としてこれを耕作するようになり、昭和二一年八月一〇日付で右訴外人らより被上告人組合に対して売買に基づく登記名義の変更願が提出されており、前記譲渡についても都知事の許可のあつた事実が判明するにいたつたので、前記訴外森住の申出のとおり、本件農地は在村地主たる右森住の所有する自作地であると認めて、さきの買収計画および売渡計画を取り消す旨の決議をなし、農業委員会等に関する法律(昭和二九年法律第一八五号による改正前のもの)四九条に基づく都知事のその旨の確認を得たうえで、昭和二八年五月一四日頃上告人らに対し書面で右各取消の通知をした、というのである。従つて、本件農地の買収計画樹立当時における所有権者は、前記訴外森住であつて、戸浪春雄ではなく、右買収計画は、所有者を誤認してなされた違法処分であり、これに基づいてなされた買収処分も違法であり、これを前提とする右売渡計画もまた違法処分であるというべきである。

ところで、自作農創設特別措置法の規定に基づく農地の買収計画、売渡計画のごとき行政処分は、それが一定の争訟手続に従い、なかんずく当事者を手続は関与せしめて紛争の終局的解決が図られ確定するに至つた場合は、当事者がこれを争うことができなくなることはもとより、行政庁も、特別の規定のない限り、それを取り消しまたは変更し得ない拘束を受けるに至るものであることは、裁判所の判例とするところであるが(昭和二五年(オ)第三五四号、同二九年一月二一日第一小法廷判決、民集八巻一号一〇二頁、昭和二六年(オ)第九〇五号、同二九年五月一四日第二小法廷判決、民集八巻五号九三七頁、昭和四〇年(行ツ)第一〇三号、同四二年九月二六日第三小法廷判決、民集二一巻七号一八八七頁参照)、原審の適法に確定したところによれば、本件においてはそのような争訟手続による終局的解決がなされておらず、玉川地区農業委員会のした前記取消処分は、自作農創設特別措置法の規定による争訟手続としての異議申立期間を経過した後における訴外森住平吉よりの買収計画に対する事実上の異議の申出を契機として、同委員会のした調査に基づきなされたものであり、従つて、前記取消処分の客体となつた本件買収計画および売渡計画は、前記のような特別の規定のない限り行政庁が自らそれを取り消しまたは変更し得ない拘束を受けるに至つた場合に該当する行政処分でないことが明らかである。

しかして、このような場合においては、買収計画、売渡計画のごとき行政処分が違法または不当であれば、それが、たとえ、当然無効と認められず、また、すでに法定の不服申立期間の徒過により争訟手続によつてその効力を争い得なくなつたものであつても、処分をした行政庁その他正当な権限を有する行政庁においては、自らその違法または不当を認めて、処分の取消によつて生ずる不利益と、取消をしないことによつてかかる処分に基づきすでに生じた効果をそのまま維持することの不利益とを比較考量し、しかも該処分を放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当であると認められるときに限り、これを取り消すことができると解するのが相当である(昭和二八年(オ)三七五号、同三一年三月二日第二小法廷判決、民集一〇巻三号一四七頁参照)。しかも、自作農創設特別措置法の規定に基づく農地買収は、個人の所有権に対する重大な制約であるところ、かかる重大な制約は、その目的が自作農を創設して農業生産力の発展と農業経営の民主化を図ることにあるという理由によつて是認され得る強制措置であるから、かかる処分が、本件におけるごとく、法定の要件に違反して行なわれ、買収すべからざる者より農地を買収したような場合には、他に特段の事情の認められない以上、その処分を取り消して該農地を旧所有者に復帰させることが、公共の福祉の要請に沿う所以である。のみならず、原判決の適法に確定したところによれば、本件各農地の売渡を受けた上告人らは、本件各農地の従前地について政府売渡を原因とする所有権取得登記を経由しているとはいえ、該農地の引渡を受けていなかつたというのであるから、前記諸般の事情を勘案すれば、違法な買収処分によつて本件各農地の旧所有者たる前記訴外森住や同人からこれを買い受けた被上告人鈴木の蒙つた不利益は、違法な売渡処分に基づき本件各農地の所有者となつた上告人らが右処分の取消によつて蒙る不利益は比し著しく大であるというべきである。

それ故、これらの処分を取り消して本件各農地を旧所有者またはその買受人に復帰させることが、公共の福祉の要請に反するものと認めるべき特段の事情の存しない本件にあつては、玉川地区農業委員会が都知事の確認を得て本件各農地の買収計画および売渡計画を取り消したことは、是認することができ、原判決には所論の違法は認められない。また、論旨引用の判例は、事案を異にし、本件には適切でない。

されば、論旨は、排斥を免れない。

同第三点について。

農地買受資格の有無は当該農地売渡の時期を基準として決定されるものであり、その後買収農地を買い受けた者が耕作に従事したか否かは、右買受資格の有無とは直接関係のない事柄である。それ故、原判決が玉川地区農業委員会のした本件買収計画および売渡計画の取消を有効であると判断するにあたり、所論のいわゆる特殊事情につき審理をしなかつたからといつて、所論の違法は認められない。論旨は、結局、判決に影響のない主張たるに帰し、採るを得ない。

同第四点について。

所論の点に関する原審の事実認定は、挙示の証拠に照らして是認することができ、また、原判決が所論の点につき審理判断していることは判文上明らかである。それ故、原判決には所論の違法はなく、論旨は採るを得ない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 大隅健一郎)

上告代理人各務勇の上告理由

第一点 本件土地は自作農創設特別措置法(以下単に自創法という)第三条第一項第一号の規定によつて昭和二三年三月二五日付で買収期日を同月二日として買収せられ、更に同法第十六条第一項の規定により、売渡期日を昭和二三年三月二日として同日上告人らにそれぞれ売渡され、上告人らは売渡しの代価を支払つて右各土地の所有権者となり且所有権取得登記も完了した(甲第五号証乃至甲第八号証の各登記簿謄本)、即ち本件土地に対する自創法による県知事の買収処分及び売渡処分は何れも既に完了して、上告人らは原始的に右土地の所有権を取得したものである。

然るに其後数年を経過したる昭和二八年五月一四日に至つて地元の玉川地区農業委員会は上告人らに対して買収計画及び売渡計画は誤りであつたからこれを取消したと主張し、原判決はこの取消行為を有効なりと判断せられているのであるが、これは全く行政処分取消に関する法理を誤つた違法な判決である。即ち県知事による農地売渡処分が完了した後においては、地元の地区農業委員会はいかなる理由にせよ、県知事の売渡処分の前提要件たる買収計画や売渡計画を取消すことのできないことは行政処分の性格上きわめて明白のことで、かかる取消は当然無効というのほかはない。この点に関する最高裁判所判例は未だ存在していないが下級裁判所の判例としては

買収、売渡の手続が完了した場合は処分庁がこれらの前提となつた買収計画を取り消すことは、関係人の利害を害し、法的安全を破るから許さるべきではなく、無効というのほかはない。

広島高裁昭二六年二月一九日判決、判例総覧一九七頁

農地買収計画に対する県農地委員会の承認は買収処分完結後は、もはやこれを取消しえないものと解すを相当とする。

山形地裁昭二八年(行)第五号昭三〇・六・十六判決、行政事件裁判例集六巻六号一四九の二

農地売渡計画の承認は、売渡処分の適正を期するため法律が特に定めた行政部内の手続であつて、承認を取消すことによつて売渡を阻止することができるのは承認に基く売渡処分がなされるまでの間に限られ、承認に基づく売渡処分がなされたのちは、もはや右承認を取消すことによつて売渡の効力を左右することはできない。

東京高裁昭三一年(ネ)第一二六一号昭三四・二・十五判決、行政事件裁判例集一〇巻二号二六三頁

農地の買収処分またはその売渡処分が完了した後において市町村農業委員会がその基礎となつた買収計画、または売渡計画を取り消すことは、県農業委員会の承認を経てなされる県知事の買収または売渡処分と矛盾し、その効果を一挙にくつがえす結果を生ずるから許されないものであり、かかる取消処分は無効と解すべきである。

青森地裁昭二七年(行)第七号昭二九・二・十二判決、行政事件裁判例集五巻二号17

等の判決が判示しているとおり、本件のように、上告人らに本件土地の売渡処分が完結して売渡代金の支払いも了り、所有権取得登記もなされた後において、売渡処分の基礎である買収計画や売渡計画を市町村農業委員会たる玉川地区農業委員会が取消すというがごときことは全く許される筈のものではない。この理は市町村農業委員会が東京都知事に対して農業委員会法第四九条により取消の確認を申請し、これが確認を得たればとて、何ら有効の取消となるものではない。原判決はこの点に関して行政処分取消の法理を誤解した違法があり、破棄を免れない。

第二点 原判決は農業委員会法第四十九条の解釈を誤つた違法がある。

被上告人の主張と乙第六号証及び第七号証によれば、地元の玉川地区農業委員会が、東京都知事に対して買収計画、売渡計画の各取消の確認申請を出したのは、昭和二七年九月二九日で、都知事が玉川地区農業委員会にこれを確認したのは昭和二八年三月一六日である。然るにこれよりさきの昭和二三年三月二日、本件農地は上告人らに対して、都知事の売渡処分が完了していることは記録上顕著である。このように都知事による農地売渡処分が完了して且上告人らはその所有権取得登記をも既に済した後において、地元の玉川農業委員会が農業委員会法第四九条によつて県知事に対して売渡処分の前提たる買収計画や売渡計画取消の確認申請をなしこの確認を得たからといつて、玉川地区農業委員会がその買収計画や売渡計画の取消をなしうるものではなく、かかる取消は無効というのほかはない。

農業委員会法第四九条は県知事の農地買収処分及び売渡処分が既に完了した後において、市町村農業委員会が県知事の確認を得て県知事の買収処分及び売渡処分の前提となつた買収計画や売渡計画の取消をなしうることを定めたものと解することはできない。然るに原判決は「農業委員会のなした前記買収計画の取消は買収及び売渡処分がなされた後であつても都知事の確認を経た以上有効たるを失わないものと解すべきである」と論結せられているのは農業委員会法第四九条の解釈を誤つた違法があるのみならず律擬の錯誤ある違法の判決である。<以下略>

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